人をからかうのが大好きでよく笑いこける彼女は、実は見えない涙を流してる。
そのことを知っているのは、たぶん俺だけ。
彼女の好きなモノ。
音楽、漫画、ぬいぐるみ。
買い物、友人、キャベツの千切り。
妄想が趣味だという、ちょっと変わった女性(ひと)は今日も綺麗に笑っていた。
彼女との出会いは単純なもので。
1年と少し前に何となくで決めたバイト先、そこに彼女がいた。
それから何やかんやと、一緒に働いてるうちに一番の話し相手となって。
いつの間にかオフの日にも気兼ねなく呼び出し合うような仲に。
まあ仲良いと言っても彼女は俺に対する扱いが雑でいつも上から目線だし、セクハラ発言もしょっちゅうだし。
結構意地悪な所もあるけど、仕事は卒なくこなすし信頼も厚い。
普段の“彼女”と“先輩”の時とのギャップ、なんだろうか。
そういうところに、実は惹かれてたりしちゃって。
そんな俺の好きな人は、人をからかうのが大好きなよく笑う女の子。
笑顔が素敵な彼女は、意外と泣き虫で強情で。
中々素直になることの出来ない可愛い人だってことを、知っている。
そして。
「先輩っていつも俺誘ってくれますけど、彼氏いないんですか?」
「彼氏、は……居ないかな?」
彼女には好きな人がいることも。
「何ですかその間は。」
「まあまあ大人にはイロイロあるんですよ。」
「……俺とひとつしか変わりませんよね。」
彼女は笑いながら、さりげなく視線を逸らす。
その相手は俺じゃないってことも。
「いろいろ、あるんだよ。」
痛いほどよく知っていた。
彼女には好きな人がいて。
その男がどんな奴で彼女のことをどう思ってるかなんて知らないけれど。
どうやら彼女は苦しい恋をしているらしい。
それを初めて知ったのは半年ほど前のことだ。
苦しそうに顔を歪めて、声を殺して泣きじゃくる彼女を見かけたあの日。
言い様のない、身に覚えのない気持ちに焦げ付きそうになった。
「ごめん、情けないとこ見せちゃったね。」
「……そんなことないですよ。」
他のオトコのために流す涙が、あなたをさらに魅力的に見せるなんて。
そんな皮肉があるだろうか。
あの日以来、泣いている姿は見ていない。
でも彼女はいつも泣いているように見えた。
いつも哀しみを誤魔化して、笑っているように。
彼女がそういう風に振る舞うから、俺も踏み込むことはしない。
ただ、その涙の日を境に、彼女の相談に乗るようになった。
彼女の恋が上手くいくように。
好きな人が、好きな人と結ばれるように。
彼女が求めているのは、俺なんかの腕じゃない。
抱きしめたくても、泣くための胸を貸したくても。
俺じゃ、彼女の見えない涙を止めることなんて出来やしないって。
電話が鳴った。
画面に表示された名前は“先輩”を示す。
内容は、わかっていた。
「―――もしもし、どうかしました?」
「……そう、ですか。よかったじゃないですか。」
ずっと、解ってた。
「……おめでとうございます。」
君の好きなモノ。
その枠に入りたいって、ずっと思ってたんだ。
もうそれは叶わないけれど、でも、それならば。
最後の最後まで、君にとってイイヒトでありたい。
(おめでとうなんて言いたくないくらい、好きでした。)
それが、自分の中に巣食う本音を裏切る言葉であっても。
「もしもし、どうかしました?」
『私、彼氏出来た。』
「……そう、ですか。よかったじゃないですか。」
『ありがとう。それでね、結婚前提に付き合って……って言われちゃった。』
「そんな珍しいこともあるんですね、まあ精々フラれないように。」
『はいはい、無事ゴールインして見せますよー。』
電話越しの君の声は大層幸せそうで。
「おめでとうございます先輩。あと、―――――…」
「末永くお幸せに、……なんて」
君が知ることのない涙が一つ、零れ落ちた。
■ 絢那様への愛を込めて
Happy Birthday.(06/04)
誕生花:霞草(人の魅力を引き出す)
執筆:2014.06.04
編集:2020.09.01