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それは嘘のような、夢を掲げた拙い青年のお話。




 


   ふわり、ゆらゆら


 目を開けると、そこは知らない世界だった。

 都会の喧騒はなく、風がそよぐ草原(くさはら)の上。
 建造物だって、高層ビルどころか一軒の家すら見当たらない。

 

   ふわふわ、ゆらり

 変わらないのは夜の野外にもかかわらず明るいということだろうか。

 ……いや、それも違う。
 周辺を照らしているのはネオンの光ではなかった。

 それは目が眩んでしまいそうな人工的なものではなく、天に散らばった優しげな光たち。
 初めて見るような壮大な星空に思考力も奪われてゆく。

 

 柔らかな草の上に寝転がり、何を考えることもせずにただただ空に魅入っていたら。
 


 “ひとーつ”

 声が聴こえた。


 “ふたーつ”

 何を、数えているんだろうか。


 “みーっつ”

 

 上半身を軽く起こし、周りを見渡せば。

 この神秘的な空間に不似合いな、不恰好な大きな切り株がひとつだけ存在し。


 「……?」

 その上に座る青年は、楽しげに足を揺らめかす。


 “よっつ!”

 

 謎のカウントが止むと、辺りに静けさが甦る。
 

 青年の髪の毛が風に遊ばれて、揺れた。
 斜め後ろから覗き見る青年の後ろ姿は、ただただ綺麗で。


   あなたは誰ですか?

 心の中でそっと声を零した。



 “さあ、誰でしょう”


 

   え?

 思わず目を見開けて声を失ってしまう。

 いや失うも何も、そもそも声を発してはいなかったけれど。
 そうだ、私はただの一度も口を開いてはいないというのに、彼は。

 青年は、私の問いかけに応えた。


 儚くてどこか危うげな青年の雰囲気。
 気になるな、というのは到底無理な話であって。


 「……あなたの名前は?」

 


   ふふふっ

 私の問いかけに笑みを零して、彼はゆっくりと立ち上がる。
 そしてくるりとこちらを向いた。

 


 “僕にナマエはないよ”

 初めて向かい合って仰ぎ見た青年は、あどけなさの残る顔立ちで私を見つめる。
 その姿はやっぱり綺麗、で。


   君のナマエは?

 彼は笑みを携えたまま、問いをそのまま返す。
 ナマエがない、その意味は解らなかったけれどきっと気にするべきでもないのだろう。
 何だかそんな気がして。


 「君に名前はないのに、私の名前を教えるのはフェアじゃないでしょう?」

 「だから私もナマエはないよ。」と続けて言えば、彼はきょとんとして、それから。


 “それはいいね”

 より一層楽しそうに笑っていた。



 彼と私は勿論この日が《はじめまして》だった。
 けれどそれから毎日、私は彼に遭遇している。


 


 “ああ、いらっしゃい”

 数日かけてわかったことが幾つかあった。


 「今日も、会えた。」

 “うん、待ってたよ”


 どうやら此処は私の夢の中の世界らしく、


 「ねえ、」

 “ん?”

 

 「そういえばさ、ずっと気になってたことがあって。」

 “なんでしょう”


 彼は現実には存在しないこと。


 「初めて会った時、何を数えていたの?」

 それに気づいた時、胸がたしかに苦しくなった。


 “はじめて…?”

 ふと思ったことを尋ねた私に、青年はよくわからないといった物言いで首を傾げる。
 そんな彼に補足するように言葉を発せば、


 「ひとつ、ふたつ、…って。」

 “ああ、……あの時は、”

 


 青年は納得したように笑って空を見上げた。
 私もその視線を追う。


   星を、数えてたんだ

 未だ視線を星空に縫い付けたままの彼の言葉を「ほし、」小さく反芻する。


 “あの星たちは、僕の目標”

 「……目標?」

 


 ああ何だか繰り返してばかりだな、とは思うけれど彼の言葉の全てを知りたくて。
 


 “うん、あの星を、”

 「……。」

 “彼らを、拾いたいんだ”


 星のことを【彼ら】と称すことも、捕まえたいのではなく【拾いたい】と言うところも。
 不思議だけれど彼らしい、としか言えなくて。


 “それが僕の夢”

 「……拾って、どうするの?」

 純粋な疑問をぶつけた私に、“どうしようか”と、ふわりと彼は微笑んだ。


 「わからないのに拾うの?」

   ふふふ、そう言われてもなあ

 楽しげに、また笑う。
 彼は笑顔が酷く似合う人だ。


 “星は、夢なんだよ”

 「うん、さっき聞いた」

 “いや、そうじゃなくてさ”

 「……?」

 “星は色んな人の夢を具現化したものだから”

 「……。」

 “だから空には、世界には、無数の夢が拡がってる”

 


 素敵だ、と。
 無意識に口に出そうになった言葉を何とか押さえ込んで。

 


 “その夢を、大切に大切に”

 彼の言葉に聞き入っていた。


 “大切に、拾い集めてさ?”

 

 何故かはわからないけれど、


 “それらを叶えてあげるのが、僕の夢”

 

 聞き逃すのが勿体無いと思ったんだ。

 


 「素敵な夢だね」

 彼の、風に揺られる柔らかい髪の毛を見つめながら口角を上げた。

 

 


 どうしてだろう。


 「ほんと、素敵だよ」

 また、明日も、会えるはずなのに。
 寂しさが消えてくれない。虚しさが去ってくれない。

 理由も無く心が悲鳴を上げてしまいそうだった。


 それからの時間は、他愛ない話を重ねて。
 風がいっそう強く吹き抜けた頃のことだった。


 “タイムリミットだ”

 その言葉とともに、彼の顔がぼやけ始める。
 これは毎夜と同じお別れの合図、なのに。


 “さあ、目を閉じて”

 彼の言葉にたまらなく切なくなるのは何故だろう。

 私はとっさに彼に向かって手を伸ばした。
 とうに靄のかかってしまった顔を見上げて、縋るように。

 「まだ戻りたくないよ。」


 気が付けば瞳には滴が溜まっていて。

 伸ばした手は何に触れることも出来ず空を切って落ちた。

 じわり、じわり。

 溢れて頬を伝うソレの止め方も、無意識に力む指先の行き場も、何も、なにも知らない。

 わからないよ。


 「(また会えるって言って。)」

 彼は小さく息を漏らして微笑むだけ。

 「(僕もまだ一緒に居たいって、言って。)」

 その顔はもう見えないというのに。
 彼の微笑みだけは、確かに感じることができてしまった。

 次第に、意思に反して瞼は重みを増していって。
 暗闇の中、風のそよめく音も遠ざかるようだった。


 


 世界が動き出す。
 



 “また次の夜、”

   ふわ、ふわり

 


 “君を待ってるから。”

 その一言を合図と受け止めるように、私の意識は星の中に沈んでいった。





 

 


  青年は、夢を見る。
  それはそれは、淡い夢を。

  少女は、夢を見た。
  青年の夢が、叶う夢を。

 そうしてふたりはやがて、夢を持つのでした。
 永久(とわ)にフタリ、共に居られるユメを。

 

これは真(まこと)を願って、夢を追いかけたふたりのお話。

 

 

  執筆:2014.02.11

  編集:2020.09.01

星拾いの旅人は

ただの夢見たがりなのでした。
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