SIDE:???
「この花は、嫌いです。」
あまりにもはっきりとそう口にした彼女が、初対面だけれど何故だかとても気になった。
「あら、そうなんですか?」
「……はい。“幸せになってください”だなんて、寂しいじゃないですか。」
“幸せになってください”
彼女の口から零れたそれは、アイレンの花言葉だ。
「もしかして何かつらい思い出でも?」
切なげに目を細める彼女を見て尋ねずにはいられなかった。
目の前の女の子は曖昧に笑う。
「……差し支えなければお聞きしてもいい?」と加えて尋ねると、彼女は一瞬だけ戸惑いの表情を見せる。
でもすぐに頷いて、“ある人”のことを話してくれた。
自分は彼のことが好きだったということ。
その人は病気にかかっていたということ。
彼からアイレンの花をもらったということ。
そして、彼は、もう居ないということ。
「仕方がないとはいえ、手の届かないところに行かれて、しかも幸せになってって言われても、……どうしたらいいかわからないんです。」
そう言って彼女は困ったような顔で笑う。
その表情を見つめて、気付いたことがあった。
もしかしたら、この子は知らないのかもしれない。
「あなた、アイレンの花言葉知ってる?」
私の問いかけに彼女はきょとんと目を瞬かせていた。
不思議そうに軽く首を傾げながらも、問いに答えようと彼女は口を開く。
「幸せになってください、……ですよね?」
何を言っているのだろうこのオバサンは、って思われていてもおかしくないな。
でも、あなたは“それ”を知るべきだと思うから。
「じゃあ別の質問、アイレンの花言葉は他にもあるって知ってる?」
「……他に?」
私の言葉に彼女は少し怪訝そうに眉を寄せた。
「幸せになってください、確かにこれは彼の本心だと思う。」
「……。」
「その男の子はあなたを大切にしていたようだから。自分はこの世を去ってしまうけれど、あなたのことが心配で心配で、でも誰よりもあなたの幸せを願ってた。」
まあ、あくまでおばさんの見解ね?
そう付け加えて、私の目を見つめる彼女に笑いかける。
「でも、きっとその男の子はもう一つのことも伝えたかったんじゃないかしら。」
「……なん、ですか?」
彼女の瞳が揺らいだ。
「アイレンの、もう一つの花言葉は――――――…」
気付けば夕焼けが街を覆っている。
あれから。
話を終えた彼女は「ありがとうございました。」と言って、丁寧に頭を下げて帰って行った。
いやー、中々しっかりした女の子だった。息子もああいう子を嫁に連れてきてくれないかな。
鉢の外に落ちていたアイレンの花びらを拾って、また彼女のことを思い浮かべる。
別の花言葉を教えてあげた時に、彼女の目から零れた涙はとても綺麗で。
どれだけその男の子を大切に想っていたかは一目瞭然。
「……きっと、素敵な男の子だったんでしょう。」
夕陽に照らされて光るアイレンの花を見つめながら、
「アイレンの、もう一つの花言葉は、」
「 “私もあなたが好きでした” 」
名も知らない彼女の幸せを、密かに願った。
【Extra edition.】