私にはたった一人の相棒がいます。
今も隣に、居ます。
私たちの世界はとてもとても特殊なようです。
死んでも死んでも、しにません。
しんでも死んでもしんでもしんでもシんでも――――――……生き返る。
“死ぬ”ことはあれど“死”は存在しない、ちょっと異様な世界。
でも私たちにとってはそれがごく普通の日常で。
外界とはかけ離れた、特殊な世界でした。
今までに彼が、私が。
しんでしまった数を数えれば、両手両足どころか一国の人口すら超えてしまうことでしょう。
この“げーむ”という世界は、外界の人によって操られています。
“げーむ”の操り手の数だけ私たちは存在し、その操り手の技量次第で私たちの生と死が決まります。
それを、何十年と変わりゆく“げーむ”の形態と種類とともに私たちは存在してきたのですから。
痛いことにも、困難を強いられることにも、死ぬことにも慣れました。
そんないつも通りの私たちの冒険の、その最中のことでした。
時々、砂嵐が吹き荒れるようになりました。
彼も私も顔を見合わせ、首を傾げました。
何故ならここはいつ訪れても幾度となく“やり直し”ても、雲一つない晴天の地の筈なのですから。
異常はこれだけではありません。
たまに、たまーにですが、敵の動きが可笑しいのです。
勝手知ったる世界の、常日頃相手にしてきた敵ですら見たこともない奇怪な行動をとるのです。
この世界に響き渡る音声だってノイズを孕んだような不快なものに変わります。
そして、そんな時には決まって外界からあるフレーズが聴こえてくるのです。
「あーあ、またバグったんだけどー…。」
「最近これバグ多くない?」
「まあ古い型だから仕方ないよ。」
どうやらこの現象は、“ばぐ”というもので。
この世界が掛かり得る、唯一であり最悪の“病気”であるようです。
その病気に抗う方法は、未だ解明されていないようで。
それならば、私たちはいつも通りに冒険をしよう。
敵にも“ばぐ”にも負けずに、平然と突き進もう。
私は彼と、そう約束しました。
冒険の途中、彼は敵の攻撃に当たって死にました。
あらあら、まあまあ。
もう少し早くジャンプしたら避けられたでしょうに。
このコースはどうやら彼の苦手な場所のよう。
今日はこれで4回目の“やり直し”。
この1週間でカウントすると何回ゲームオーバーになっていることか判りません。
死んだ彼が“戻って”きたら跳ぶタイミングを練習した方がよさそうだ。
ここ最近ずっとこのステージばかりで、私も流石に飽きてきたところです。
そろそろ次に進みましょう。
さあて、“画面”という名の目の前の世界が変わるまで、あと少し。
随分と昔から染み込んでいることなので、そのタイミングは手に取るように。
画面の移り変わりと同時に、私の隣に彼が戻ってくる仕組みです。
5、4、3
2、――――……1
はい、新しい世界の始まり。
だけど、何かが可笑しいかな。
いや、確かに世界は変わりました。
新しい冒険はスタートしたのです。
です、が。
隣に彼が居ません。
時計は動きを始めたのに、敵は変わらず攻めてくるのに。
私の足は動かされるのに、走ったり跳んだり闘えるのに。
たった一人だった私の相棒が、居ません。
それを理解した瞬間にすべてが暗転しました。
私の視界も、この世界も。
全てが真っ暗になって、見慣れた画面が姿を見せたのです。
【 GAME OVER 】
今までずっと、「残念ですが、最初からやり直しましょう。」という意味だった筈の、目の前の表示は。
眼前に表示されている、真っ黒な画面に映る言葉たちは。
たった今。
彼の存在を、終わらせてしまったようです。
私はヒトリになりました。
前後左右、天地を見ても彼の姿はありません。
我が物顔で襲い来る敵の姿で、この世界は溢れていました。
こんな時にも変わらない、何者かによって塗り潰されたような空は青くて。
青くて、憎たらしい色だった。
彼の居なくなった世界は、たいへん心細く感じました。
彼の居なくなった世界は、あまりにも広大で恐怖しました。
大して勇敢にも強靭にもなれなかった私を、彼が守ってくれていたことを。
彼が居なくなった世界で、初めて私は理解することができたのです。
彼の居た世界は、しあわせでした。
私にはたった一人の相棒がいました。
今はもう、居ないのです。
■ お題「死なない君が欲しかった」
執筆:2014.05.31
編集:2020.09.01